#34 紺屋町7-16

「酸っぱくておいしいビールがありますよ」と、ご連絡をいただいてから、紺屋町のDue Maniさんに行きたい行きたい行きたいと、数日思っていた。

今日は子どもたちが、旅に出ているので絶好のチャンス。こまごまとした仕事を駆け足で終わらせ、タクシーで向かう。

今年増築したばかりのカウンター席がある、向かって右側の店内。空いているかどうか、小さな四角い窓から覗いて確かめる。

一人、女性のお客様。背筋がスッと伸びていてきれいだ。

あとはカウンターにお客様はいない。よーし。

こんばんは、と声をかけてお店の中に。グループでお酒を楽しむ声の中、カウンターに腰を下ろす。

この瞬間が好きだなあ。半分あいたドアの間から店主の顔やお店の空気がみえて、今まで自分がいた外の世界とドアでパタン、と境目を作る。別の世界の、一歩目。

Due Maniに来たなあと感じるのが、黒いおてふき(おてふき?もっとかっこよく呼ぶのかもしれない)。料理を食べる前、お酒を飲む前から、「今日もいい時間になるぞ」という予感。

外遊びから帰って、ご飯を待ってる子供みたいに、フォークとナイフを両手に持って机をとんとんしながら「おなかすきました!」って厨房にむかってやっている自分が、一瞬、目の前にみえた。あぶない。やっちゃだめ。

さて一杯目。

わたしはビールの苦さが得意ではなくて、いつもシャンディガフばかり飲んでいる。でも、今日は小澤さんも大好きだという「酸っぱくて美味しいビール」にしてみよう。

まずボトルが嬉しかった。ビールって「とりあえず」なんて言われがちですが。このビールは飲む前から、「とりあえず」なんて、とてもとても言えない佇まい。

ビールの喉越しとはまた違う、キュッと下の奥が狭くなるような、さっぱりした気持ち良さ。ピンクグレープフルーツ。

香りを吸い込んで、一口飲んで。華やかなピンク。

さっきからずっと、小澤さんの背中からいい匂いがしていたんだ。

私のパスタ!

指の先くらいの大きさのパスタにラグーを絡めて、小さく小さく食べ進めていたのに、気づいたら数粒しかなくなっていた。

温かいうちにたべたいけれど、全部食べてしまうのは寂しい。

皿の端に砂場みたいに小さく山盛りにして、ひとおもいに、ぱくっと!

毎週金曜日の「コップワインの会」メニューから、微発泡の白をお願いした。

「イタリアでも、ワインをコップで飲むこと、多いんですよ。ワイングラスだと香りを感じすぎるから、食事の時はコップで、とか」と、小澤さん。

Due Maniのコップは、ぽってりとしていて、手のひらにすっぽりとおさまって、底がカメラのレンズみたいで、すごくいい。

隣に座っていた、すっと背筋の伸びたすてきな女性と、「あなたはどんな人?」「わたしはこんな人、あなたは?」そんな会話も味わいながら。

「わたしはこんな人だよ」って話すのは、こうやってカウンターで初めて出会った人が最適だと思っている。親しすぎると言えないこともあるし、道端で会った人にそんな身の上話はできない。距離感もシチュエーションも、たっぷりある時間も、程よく合いの手を入れてくれる店主も、とにかくベスト。

「わたしはこんな人だよ」という話は、すればするほど型にはまってきてしまって、簡略化した言葉で端的に伝えるようになるけれど、お酒を飲みながらカウンターでする「わたしはこんな人だよ話」には「え?どうしてそうなったの?」とか、自分で短くしてしまった自分の履歴を、掘り下げるような問いをもらえるから、それも好きなんだ。

この窓の内側で、こんな時間がすごせることを、バスに乗っている人は気づくかな。もれる灯の温かさや、賑わいの気配、窓越しでも伝わるかしら。

白のグラスの泡の粒、並んだワインのボトル、空っぽのパスタのお皿と、四角い窓の外を通り過ぎる人の影。

金曜日の夜。コップのワインの星の空。

今日もLITERSでお会いできて嬉しいです、ありがとうございます。

白鳥の声が窓の外から聞こえます。はるがくるよーと言っているようです。

目次