デザインが循環する景色をみよう。[コロン]

“COLON CORPO”と記された真っ白な建物。中にはゲストルームとアパートメント、今回お話を伺う萩原さんの仕事場であるデザイン事務所「コロン」と、住まいがある。どうぞ、と中に入るようにすすめてくれた萩原さんに、お話する時間を頂いたお礼を伝えた。萩原さんは目尻を下げ、「デザイナーって謎じゃないですか(笑)どんな思いで『もの』を作っているのか、普段どんなことを考えているのか、なかなかお客さん以外は知り得ない。けれどもっと多くの人に伝えた方がいいな、と思う事も多くて。いろいろな形で外から見えるようにしていこう、って考えているんですよ。デザインは、人に共感してもらう仕事ですからね」と話し、玄関の扉を開けてくれた。

-なぜCOLON CORPOをここにつくろうと思ったのでしょうか。

最初は別の場所に事務所を構えていたんですが、震災前、祖父が建てたアパートの建て替えの話が出ていて。そのあと震災を機に、私たちが世の中に向かって伝えていきたい事はなんだろう、自分たちはどう生きていきたいのか改めて考えました。そこで、「通常の3分の1ほどの電力量で暮らせる、エコハウスというのを選んでみよう」と。個人宅でエコハウスの仕組みを取り入れている事例はあったんですが、集合住宅ではまだ前例がなかった。アパートメントは借りの住まいではあるんですが、そこを経験して、家を建てる時に「COLON CORPOみたいな快適な家に住みたい」と思ってもらえたらいいな、と。コストはかかってしまうけれど、社会や環境への投資としての意味があると思っているんです。

-実際に居住されている方の感想はいかがですか。

岩手もそうだと思うんですが、東北地方でエアコン一台で冬を乗り切るって無謀で、ファンヒーターを併用しますよね、だいたい。でもここはエアコンだけで大丈夫な躯体ができているんですよ。東北以外から引っ越してきた方はここを当たり前と思っていて、他の場所に引っ越したときに「COLONは快適だったんだ!」って気付いてくださるみたいです(笑)

ていねいに暮らしている気配は、階段の端っこにも。

「自宅の方もご案内しますよ」と進む萩原さんの後についていくと、奥様でありコロンのデザイナーでもある川勝さんが待っていてくれた。「ここはゲストルームに泊まった方とご一緒に食事をいただくダイニングです」と促されたテーブルは横に長く、8人は座れそうな大きさ。壁にはミッフィーで有名なディック・ブルーナの原画がある。萩原さんがオランダに行ったとき我慢できず、手に入れて帰ってきたものだそうだ。「大きな影響を受けた」という北欧のデザイン環境について、そしてコロンのデザインについて、お話を聞いてみよう。

-萩原さん、ご出身は山形ですか?

いえ、ぼく茨城出身です。東北芸術工科大学(以下、芸工大)に入学して、山形に来て。

-茨城ですか。川勝さんはご出身は?

埼玉出身です。でも祖父母の家が山形にあって、芸工大に入学してからは、そこから通っていました。

-お二人ともこちら(山形)ではないんですね。芸工大を卒業してから、会社をすぐに立ち上げたと伺いました。

はい、すぐですね。ただ、大学院の時には北欧へ留学もしています。留学前は起業するっていう選択肢は僕の中にはなかったんです。でも、北欧の大学にある「トランジット」をみて考えが変わりました。トランジットは卒業生が自由に使える場所。会社を立ち上げるために必要な知識をつけられるよう無料でサポートしてくれるんです。1年〜2年会社経営について学び、トランジットを出た後は、ストックホルムのアパートメントの地下を自分のデザイン事務所にする。そして、十数年後には今度は先生として、もう一度大学に呼ばれるという流れがあるんです。「デザイン大国」と北欧が言われる理由がよくわかりました。時間をかけて、デザインに対する思考を深めたり、ものをつくる環境が長期的に整っている。それを知ったときに自分の通う芸工大を思い出して、大学で学んだデザイナーが循環できる土壌を、山形で育てていけないかと考えたことが会社設立につながりました。

-デザインを仕事にしながら、アパートメントの経営をする。暮らしまでデザインしていらっしゃるのを実際に見て感銘を受けました。盛岡もそうですが、地方都市はまだまだデザインへの意識が浸透しているとは言い切れないですよね。その中でお客様に価値や必要性を感じていただくのは大変だったのではないかと思うのですが。

おっしゃる通りです。今までデザインにお金を払うという価値観がなかったお客様は、なおさら勇気のいることをしてくださっていると思うんですよ。その勇気に対して僕らができるのは、「相手以上に考える」。どうやったらよりよく解決できるか、自分ごとにして、最初から最後まで考えていく。デザインして終わりではなくて、お客様の先にいる生活者に届くまできちんと考えていきたい。今回のエントワインにも、ABE HOME SHOESのバブーシュを持って行きます。これは1919年から草履を作っていた阿部産業株式会社さんと作った商品です。バブーシュ以外でも、お客様からご相談いただいてデザインを手がけた商品は、流通させるところまで持っていきたいんです。

-分けて考えられがちですよね、デザインと、売ることは。

そう、でも、それをするデザイナーがいてもいい。販売の現場を知っていて損はない。じゃあなぜやらない?ってなると「大変だから」ってことになっちゃうのかもしれないんですけど。その分、そこまで携わるっていうのは差別化にもなりますし、僕らのデザイン力っていうのはそこまでケアします、っていう。

-それにしても先ほどのトランジットの話もそうですが、デザインを育てる土壌は日本と北欧の間に大きな差が出来てしまっている気がします。

北欧の大学一年生の平均年齢は25歳から27歳なんですよ。約10歳の年齢差は、学ぶことへの主体性にもあらわれていると思います。学ぶ内容もすごくリアルで、実際の雑誌誌面に載る企画コンペが授業の中にあったりするんです。

-全然違いますね、実践的。

はい、契約書の結び方や実務もそこで学んでから実際の現場にでる。卒業制作には企業の担当者も見に来て、その場で買っていくようなケースもあるんですよ。

-そういう景色を実際に見てきた萩原さんが、デザインを通して実現させたいことってどんなことでしょうか。

僕は、楽しく生きていくためにデザインを用いているっていう証明がしたいんです。お客さんのその先にいる生活者に伝わるデザインを、仕事を通じて一緒に探していきたいし、デザイナーが良きサポーターになれるといいだろうな、と。地方には問題がまだまだありますから、そんなデザイナーが地方にたくさんいたら、もっといい世の中にしていけるんじゃないか、という思いはあります。

-まさに、北欧で萩原さんがみた「デザインが循環していく風景」ですね。私たちもその景色が日本でみてみたいです。

それには時間もかかるんですよね。デザインって打ち上げ花火みたいに使われてしまうケースもあるので。例えば商品を開発して、「じゃあその結果は?」って考えると、きちんと見えてくるのは僕が死んだ後かもしれない。ぼくは今、芸工大で学生にデザインを教えていますが、パスをしていきたいんですよ。長い目でデザインを考えていきたい。

時間をかけて証明したいですね。ぼくらが生活も含めてデザインし、楽しく生きている事実がデザインの力、考える力の証になる。そして少しずつ、「デザインの循環は、一人一人がより良く生きることに繋がるんだ」と感じてもらえたら嬉しいです。

夢中になってお話を聞いているうちに、時計の針は思ったよりもずっと早足で進んでいた。お二人の穏やかで、でも力強い声の余韻を耳に残したまま、忘れ物を取りに行くため一人階段を降りた。改めてゲストルームを見渡す。黒いバンカーチェアが3脚。奥にはジャノメミシンが乗った大きな机。どちらも天童木工のものだが捨てられていたのだそうだ。「布地を張り替えたり、手入れをすればまだまだ使えます」と萩原さんが話していた。古い引き出しやボロボロに見える引き出しを、デザインという小さな鍵でカチャリと開け、持ち主さえ忘れていたようなキラリと光る宝物をみつけて、磨く。「もう価値がない」「役に立たない」と、一度は誰かから見放されたであろうものがいくつもあるCOLON CORPOのゲストルームの、励まされるような優しい空気。お二人がたどり着きたい、「デザインが循環する」という世界はこんな色じゃないだろうか、と思いながら、机で寄り添う二つの鍵を眺めました。

今回ご紹介したコロンさんも出展するentwine/エントワインには、東北から鹿児島まで『衣・食・住』様々なジャンルで活躍する27ブランドが集います。開催場所は、紅葉から秋を感じる盛岡市・旧石井県令邸。建物に美しく絡まる[つた/entwine]のように、出会い繋がる場所であってほしいと願って名付けられた三日間。たくさんの[縁/en]がうまれますように。

10/04(木)バイヤー様・関係者様のみご入場いただける商談日です。10/05(金)10/06(土)は一般のお客様もお買い物を楽しんでいただけます。

日常のなかにある違和感[TATAMIZE]

TATAMIZE(タタミゼ)はヴィンテージクローズをベースに、パターン・裁断・縫製・仕上げと、その工程のすべてをデザイナー自身が手がける『HAND MADE CLOTHING』ブランドとして、2004年にスタート。仙台市の中心部でありながら青々と緑が生い茂る閑静な定禅寺通りの古いマンションのなかに”TATAMIZE”のアトリエ兼ショップ「NOWHERE ELSE」がある。エレベーターに乗って渡り廊下を歩いていくと聴こえてくる静かなピアノの旋律。気持ちの良い風が抜ける空間。ほのかに明るい照明と自然光が差し込む場所で代表の八重畑さんにお話を伺った。

元々ぼくもワークウェアがすごく好きで。TATAMIZE には勝手にシンパシーを感じていたのですが。年齢はおいくつですか?

ぼく今年41です。1977年生まれで。

ぼく今42で今年43なので。

あ、そうなんですか。

たぶん世代的に古着を掘った感じですよね?なのでルーツというかお好きなところが似ていたり、シンパシーを感じる部分が多くて。ヨーロピアンワークウェアだったり、ミリタリーの要素だったり。面白いなと思って拝見していました。

ありがとうございます。

ベースにあるのはヴィンテージウェアだと思うのですが、そういうブランドにしようと思ったきっかけはどんなところにあるんですか?

理由は一つじゃなくて、色々あるんですけど。古いものが好きで、最初は古着と自分が作ったオリジナルの洋服を置きたいと思っていて。古いものの良さを生かしたオリジナルみたいなものを作りたいと。

当時はレプリカブランドみたいなものがたくさんあったんですよ。当時のプロダクトを忠実に再現、みたいな。そういったものではなくて。

なるほど。それは何というか古いもので時代を超えて残っていくものをご自身なりに再解釈して生み出したいと思ったという事ですかね。

洋服を作る時は過去のアーカイブからデザインソースを探されたり、ヒントを得る感じですか?

昔は結構探して、面白いものないかなと掘ってた感じがやっぱりあるんですけど。そうするとデザインじゃなくて、編集してるような感じになってきて。こんなネタ知ってるんだぞ、みたいな。そういんじゃなくて、せっかくぼくは縫えるので、作る手順を分かった上で自分ならどういう風に作っていくかを大事にしています。ルールはどうでもよくて、ちゃんとこうワークキャップならワークキャップとしての機能をちゃんと考えて作ったときに出てくる歪さみたいなものが自然と出てくればいいと思います。

インスタグラムでも”ワークマン”に置いてもいい(笑)、って書いていらっしゃいましたね。

そうそう、全然今のブルーワーカーの方に着て頂きたいです。

生粋の洋服好きだったという高校時代から20代まで。古着はもちろん、モード系やモッズ、パンク、スケーター、ヒップホップ、裏原宿系などまずはファッションから様々なカルチャーに入っていった八重畑さん。洋服を変えることで違う自分になれる気がしたのだと言う。

今洋服を作る上でインスピレーションを受けるソースって何ですか?

洋服以外から洋服を思いつくことがあるんですけど、誰かが作った何かというよりは普段何気ないものが変な風に見えちゃうときってあるじゃないですか?

信号待ちをしている人がバッグを持ってて、そのトートバッグがヨレてたり摘ままれていたりするとそのバッグはそういうデザインなんじゃないか、と思えてきたりするんです。そういう日常のなかにある変な違和感から着想を得ることが多いです。

日常のなかにある見間違い、ちょっとしたエラーみたいなものがデザインソースになる。面白いですね。

いまこちらにアトリエを構えられて、生活と地続きでデザインとか洋服を作る作業をなさっていらっしゃると思うのですが、生活と仕事とのバランスっていかがですか?

ぼくは朝早起きで5時にはこちらのアトリエに出勤して、荷物の集荷の来る18時には仕事を終えるという毎日を送っています。家までは歩いて40、50分かかるので仕事が終わって帰宅途中に歩きながら一番いろんな事を考えるんです。デザインとかこれからこうしたいとか。そうするとどんどん夢が広がってきて、すごく興奮してきて。その後一晩寝て、一回朝早く起きるとその帰宅途中考えていたことの中で必要なものだけ残るっていう(笑)。なので夜のうちに始めないっていうのがいいのかな、と。

なるほど。昨日の夜の残りを割と自分の中で咀嚼して、整理整頓されて出てくる。それが朝だって事ですね。ラヴレターと一緒ですね。推敲しないで書いちゃうとすごく恥ずかしいのが出来ちゃう(笑)

泣いちゃったりとかね(笑)

八重畑さんは今年の5月、アトリエに併設する形で自身のコレクションを販売するショップ”NOWHERE ELSE”を構えた。毎年コレクションを発表し、全国のリテイラーさんへ洋服を卸す。そうではない新たな取り組みの理由を伺った。

洋服って意外と身近なジャンルだと思うんですけど、結構仕組みが珍しいと思うんです。手仕事は手仕事なんですけど、結構単価が安いよな、と。

春夏秋冬展示会のシーズンが決まっていて、納品やセールのタイミングが決まっていて。去年と今年はそんなに変わんないけど、なんか違うもののように提案していくじゃないですか。ぼくらは作りたいものがあるので発表するんですけど、お店さん的にはその時売れるものを優先に仕入れる訳で。発表したいものを発表できなかったりするんです。やりたいことが世の中の仕組み的に出来ないというのであれば自分のお店を持って発表すればいいと思ったんです。

例えば八百屋さんのように、単純に自分が作ったものを並べて売る場所を作ろうと思ったんですね。

つまりコレクションを発表することやリテイラーさんでの販売がパブリックなあり方だとすれば、自分のニーズを追求できる私的な場所という事ですかね?そのふたつを自分のなかでバランスを取っていくと。

そうです、そうです。

-NOWHERE ELSEという店名の由来は?

さっきも言ったようにアパレルって早いというか、前のシーズンをどんどんセールにしちゃって。ろくに紹介もせず、どんどん重ねて刷新していくわけじゃないですか。普通工場だったらロットがあって今日思いついたら今日作れないけど一枚でも二枚でも自分で縫って提案できるから、ここにしかない場所という意味で付けたんですよね。

この場所をどんな風に発展させていきたいですか?

このマンションは空いてるんですよ。お隣さんが住居として使っているくらいでほとんど空いてる。しかも賃料がすごく安い。なにかやりたいと思っているけれど、金銭面でハードルが高いと思っている人がここでどんどんやればいいのにと思います

[TATAMIZE]も出店する東北発の合同展示会”entwine”が今年も岩手県盛岡市の旧石井県令邸で開催されます。今回は『衣、食、住』様々なジャンルで東北を拠点に活動しているメンバーを中心に、全国から27ブランドの出展となります。尚、10/4(木)はバイヤー様、プレス関係者様のみ。10/5(金)、10/6(土)はどなたでも入場可能で一般のお客様も自由にご入場頂けます。ぜひ八重畑さんに直接会いにいらして下さい。

entwine公式ホームページ 

美しさを逃さず、形に。[nishikata chieko]

おもわず溜息をついて、天井の梁を眺めた。「初めて来たとは思えないかんじ」と誰にというわけもなくつぶやきがもれた。バイオリンの音楽が小さく響き、窓際の白いカーテンはふわりと風でうごく。部屋の中、右手には見たことがないような器具が乗った机が2つ。中央にも大きな四角い机。だれもが懐かしい気持ちになるような心地よい空気の中、アクセサリーを作る西方智衣子さんは、「手にとって気持ちを豊かにし、身につけて心地よいもの。日常の風景や旅先で心動いた感覚を自然の力を使って表現したい」と話してくれた。そんな西方さんのアトリエ兼住居。蝉の声響く中、お話を伺った。

-今日は作品についてももちろんなんですが、このアクセサリーをどんな人が、どんな場所で作っているのかを知りたくて、お話を伺いにきました。鶴岡がご出身ですよね、海のある町。子ども時代、どんなお子さんでしたか?

子ども時代ですか(笑)

-はい、さかのぼりたいな、とおもって(笑)

きょうだいは3つ上に姉、3つ下に弟がいるので、俗に「変わっている人が多い」って言われる真ん中っ子ですけど(笑)ちっちゃいときは、おとなしい子だったよ、って言われます。人見知りが半端なくて。

-いつぐらいまで?

ずっと、ですね。展示会もあるし、人ともたくさん会うし……大丈夫なのか?って心配されていました。親からも、秋田でものづくりに関わってから変わったねって言われます。

-では、割と内向的な子どもさんだったんですね。何をする時間が好きでした?

おうちでお絵描きですかね。あ、うちの母親が割となんでも作る人で。お菓子とか、洋服とか。お弁当でも冷凍食品はもちろんなし、全部手作りで、っていう。そういう母からの影響は大きいのかもしれません。

-秋田工芸美術短大(以下 美短)に入ろうと思ったきっかけ、というか。こちらの方向に進みたいと考えたのは、いつごろですか?

進路を決めなきゃいけない高校3年生の時は、なにも考えていなかったんです、漠然となにがしたいんだろうなあ、みたいな。でも進路相談の時に「保育士かなあ」って先生に言ったんですよ。そしたら、「なんで保育士なの?」って聞かれて「飾り付けとか作るのがすきだから」っていう話をしたんです。

-……飾り付け?

そう(笑)そしたら「飾り付けが好きなら保育士じゃなくて、美術の先生に話を聞きなさい」って言われて。美術の先生にぼんやりと「こうなんですけど……」って話をしているうちに、ものづくりの道があることを知りました。「そうか、そういう道もあるんだ」と思って。

-その先生、いい先生ですね…。保育士になりたい理由を聞き、「あ!」って気づいて、美術の先生につないでくれた。

姉も同じ大学なんですよ、美短で。それを知っていた、というのもあるかも。

-鶴岡から秋田に引っ越してきて、2年間の学生時代、学校はどうでしたか?

当時は工芸美術学科とデザイン学科の二つがあって、わたしは工芸美術を選んで。2年目のコース選択でガラス、木工、鋳金(ちゅうきん)の中から一つを選ぶときに鋳金へ進みました。

-鋳金。あまり馴染みのない単語です。

鋳金は型を作って、1000度くらいの金属を溶かして流し込み、型を壊す。3つのコースの中で一番、原始的で、大掛かりでした。でも、今まで触れてこなかったこと、ここでしかできないことがしたかったんですよね。

-ガラス、木工、と比べたときに自分の肌に合うな、みたいな感じがあったんですか?面白かった?

うーん、肌に合うというか、大変だったので。大変なことをやろうかな、と。

-おおー。大変なことだからやりたい、だったんですね。ガラスや木工って想像つくんですけど、鋳金って、男の人が大きいものをゴンゴン!みたいなイメージです。本当に大変そう。

そうですね、「将来この道で食べていく」っていうのがまだ漠然としていたので、まず、ものづくりの基礎をがっちりと勉強したかった。それで、あえて大変な方を選びました。

-鋳物だから、大枠でいうと今の作品にもつながってますね。

鋳金の着色方法に、焼いて花器に模様をつけて仕上げるっていうのがあるんですけど、それをずっとやっていました。大学を卒業して、教務補助をしながら……。あ!そのころ、まど枠の伊藤さんという方から「その模様を身につけてみたい」と言われたことで、アクセサリーを作り始めたんです。

-まど枠の伊藤さんからの一言がなかったら、アクセサリーには進んでいなかったかも。

うん、そうかもしれないです(笑)アクセサリーは自分でも身につけられるので、作っていても楽しかったです。


-作品の着想、というか、インスピレーションはどんなところから得るんでしょうか? 作品を拝見して、主観ですが、自然……海や土のイメージなのかなと思いました。

これをみたから、この作品、という作り方ではないですね。自分の中で、きもちのいい形を探すというか。最初スケッチをして、手を動かす中でだんだん生まれてくるようなイメージです。

-実際に作業しているところ、みせていただいてもいいですか?

バーナーのゴーッという音と一緒に、独特のにおいが。
火であぶることで、泥の部分だけ温度が上がります。
シルバーを一番上にチョン、と。こちらまで息を止めてしまうような細かな作業。
水に沈めると、ジュッときもちのいい音。
冷えた泥を手で外すと、泥の部分が模様に。

-今後の展望についてお聞きしたいです。

えっと。定番として、ずっと作っているものとは別に新作を去年から発表し始めたんです。一年ごとに新しいものを、と思っています。

-毎年変えていこう、って思ったのは西方さんの中で理由がありますか?

そうですね、やっぱり、自分の中でいいなと思うものはどんどん変わってきていて。環境や、人や、住む場所も。

自分の周りに美しいものっていっぱいあるので、そこを逃さずに表現していくのが私の仕事だなって改めて思っているので。

-なるほど、そういう気持ちを反映させて新しいものを発表していく場を、ということですね。他にやってみたいこと、ありますか?

あとは、「全部でみせたい」というのがありますね。空間も考えて、トータルで表現する。わたしの世界観を知ってもらう機会を作りたい。

昨年のエントワインが、私にとって初めてのバイヤーさん向け展示会でした。クラフトフェアと比べると、少しゆったりとしていて、世界観も表現できますし、盛岡のお客さんって感度が高くてキラキラしています。たくさんのお客様とお会いできるのが楽しみですね。

今回ご紹介した西方さんも出展するentwine/エントワインには、東北から鹿児島まで『衣・食・住』様々なジャンルで活躍する27ブランドが集います。開催場所は、紅葉から秋を感じる盛岡市・旧石井県令邸。建物に美しく絡まる[つた/entwine]のように、出会い繋がる場所であってほしいと願って名付けられた三日間。たくさんの[縁/en]がうまれますように。

10/04(木)バイヤー様・関係者様のみご入場いただける商談日です。10/05(金)10/06(土)は一般のお客様もお買い物を楽しんでいただけます。