#57

こどもたちが、夏の旅を終えて帰ってきました。キャンプに行き、ドライブをし、釣りをして、真っ黒に日焼けして、お土産をたくさん抱えて。一週間、長かったなあ。迎えに行った駅のホームにはたくさんの人の振る手と握手。おかえり、ただいま、またね、気をつけてが交差していました。夏が行きますね。


さて、本題。

LITERSは書き始めてからもうすぐ1年になります。お話を聞かせてくれた人、読んでくれている人、たくさんの方の手と時間をお借りしてきました。

「街に灯りをともす人に、別の角度から光をあてたい」そんな文章を最初に書いたのですが、1年経って、「じゃあその先は?」と考えるようになりました。光を当てた場所の、もう少し外側に、どんな景色をみたいのか。どんな場を目指したいのか。

最初に浮かんだのは、週末、もりおかの街の中を、カメラを持ったこどもが家族で散歩している絵です。

子どもが、表現することをもっと楽しめるような場所。こどもの眼に映る世界をもっと覗けるような場所。LITERSはそんな場所になっていきたいです。

まずは、自分のフィールドでもある「写真」のことから始めていきたいと思います。「子どもの心を育てるのに、写真は最高のパートナーなのでは」とずっと思っていたのですが、子どもたちのまばたきのようなシャッターが捉えるものを楽しみに更新していきます。


長くなりそうなので、新しいコンテンツのお話の続きはまた明日。


わたしは台風の日が嫌いではないです。振り返ってみると、嵐の夜には忘れられない出会いがあったり、別れがあったりするから。今日も、強い風の中、中央公園の小さい山の上で子どもたちと満月を眺めてきました。娘から、「旅のおみやげ!」って言って、貝殻から取って作った真珠の指輪をプレゼントしてもらったのですが、満月と同じように白くて、丸くて、眺めるたびに今日を思い出しそうです。


ほんとは今日に合わせてサイトリニューアルをできたらな、と思ってたのですが、特に変わっていません。あ、twitterなどは森優ちゃんのイラストをプロフィールに使わせていただきました。季節が変わるみたいに少しずつ、サイトも変わっていきますよ。さあ、台風のいい夜、今日はわたしに特別な日。


今日もご覧いただきありがとうございます。

どこかに、ではなく「ここにある」そう思えた8月15日です。

みなさん良い夜を。

#56 盛永省治展 @Holz

Holzのいつもの扉を開けると、中はふわりと木の香り。

(展示初日の写真なのでたくさん商品が並んでいますが、今日行ったらだいぶスカスカでした)

木の種類も、かたちも、いろとりどり。

「クスノキは樟脳(しょうのう)の香りがするよ」と教えてもらったので、鼻を近づけてみる。ミントみたいな、緑と青色の絵の具をソーダで薄めたような。

手触りはつるりと。

気持ちが良くてずっと撫でていると、わたしの手のひらにまで、涼しい香りがうつります。

このスツールは、「とっちり」とした大きさ。もし家にあったら、家族が一人増えた気持ちになりそうな、あったかい存在感。上から見ると、雪だるまみたいに二つに分かれているように見えたのだけれど、くびれのところも継ぎ目はない。一本の木。

これは黒柿という種類の木を使っているそう。水墨画みたいな滲み。ふちにワンポイント。女性のお客様が「この持った感じが好き、わあ…かっこいい」と、なんども手に取って。

まわりと比べてもひときわ赤い木。アフリカの木なんだそうだ。「削っていると、手も服も真っ赤な木屑で赤く染まる」と省治さん。

なにか違う素材なのか、と思うほどに光る光る、うつわ。

こちらの木の種類を尋ねると、「桜だよ」と教えてもらった。桜の木ってこんな色なんだ。

顔を近づけると、器の中はあの、桜の花の季節。

そうだよな、「地面から4,5メートルのところを使う」と省治さんが話していた。

これも、花咲く桜のまんなかにある、頼もしい幹だったんだな。ここでこうしてその幹の中を覗き香ることができるなんて魔法みたいだ。

作品ひとつひとつを、じっとみつめる。

そこから空へ高く伸び、枝葉を伸ばし、風に吹かれていた一本の木が、器に重なる。

外にでて、少し遠くから眺めたHolzは、彩り豊かな木々がしげる、小さな林。

展示は7/21(日)まで。

ぜひ手に取って、なでて、香って、持ち上げてみてください。

木のこと、今回の展示のこと、もうちょっと詳しく知りたいなという方は、Holzさんのブログへどうぞ。


今日もLITERSにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

手のひらの小指と小指を隣り合わせて、水を飲む時に作る「手の器」に一番近いのは、ここでみた、木の器じゃないかな。そっくり。

#55 本宮蛇屋敷外

「夕焼けごはん、久しぶりに行きたい」

18時過ぎるころ、夕ご飯の準備をし始めたキッチン。

冷蔵庫を覗いている私に、兄が声をかけてきた。

簡単なお弁当を持って、夕焼けをみながら外で食べるご飯のことを我が家では「夕焼けご飯」と呼んでいる。場所は盛岡市中央公園の見晴らしのいい、山の上。

「んーー」時計を見る私。今からお弁当を作って?中央公園まで? んーーー

キッチンの小窓から見えた外の色が、シャンパンみたいに、ふうわりとした黄色。

最近ずっと行けていなかったんだ。でっかい空が焼けていくの、今日は3人で見たい気分だ。

お弁当は時間的に無理だから、おにぎりを作ろう!、と話し、せかせかと作り始める。だが、そういうときに限って、「おかあさん、お米が…」妹の視線の先にある床を見ると茶碗2杯分ほどの白米がぼたっと落ちている…おーい…小学2年生の手のひらにはどう考えても余るよ笑 もう一度初めから。

窓の外はシャンパンからワンタンの皮くらいの黄色に変わってきた。いそげいそげ!

それぞれ好きな味付けをして、なんとか完成。中央公園まで車を走らせる。公園へ向かうその間も少しずつ、でもしっかりと赤い色味が空気に混じっていく。


駐車場に到着、もう空は「夕焼け」と呼ぶのにふさわしい、そう、焚火を思い起こさせるような暖かな色。

山の上まで階段をのぼる。一段飛ばしで駆け上がる二人。

いつのまにこんなに走るのが速くなったんだろう、そして、いつのまに私はこんなにギクシャクとして、滑らかさが足りない体になったのだろうな。


山の頂上には高校生の女の子が二人いて、夕焼け空を背景にして二人で手をぐーっと伸ばし、写真を撮っていた。

妹は、はっきりと通る声をしていて、そこがチャームポイントだな、って普段は思うんだけど、その声で「おねえさんたちがしているのは、『じどり』ってやつだね!!!」と言われたときは、そそくさ帰ったお姉さん二人の背中に謝罪した。

おにぎりを食べ終えるうちにどんどんかわる空の色。

ピクニックシートに寝転んで上を見上げると、もうすぐ半月というサイズの月がぼんやりと光っていた。

これ以上赤くならないだろうと思ったところからさらに強くなった赤色を一瞬見せて。次にあたりに満ちるのは、夏にしては涼しい、ただの夜だった。


LITERSへお越しいただきありがとうございます。

ただの白いおにぎり、ただの公園、ただの夕焼け、ただの家族、ただのあなた、ただのわたし。

そんな「ただの」日々。やっぱりそういうことなんだ。

#54 #てばなす #手帳 #歩く #立ち止まる #ゆっくり歩く #大それたこと

一度手を離してしまう勇気をもつ、というのは愛でも恋でも、仕事でも、家族でもオールマイティに有効な手段の一つなのかもしれない。

「一日にできることって、そんなに多くないよね」全方位に過密スケジュールにみえる友人が、言って「ほんとですよね」と返したときの会話。河原に寝そべったわたしの目の前に、まーるく広がる青空に吹き出しつきで浮かんだ。


朝7時から夜24時までが時間軸で一目でわかる、バーチカルタイプの手帳を使っているのだが、空欄があると「あ、ここ予定入れられる」と、人と会う予定や仕事の予定を書き込む。

なんだか時間的な忙しさよりも、気持ちのほうがぎゅーぎゅーになる。

誰かと会って、何かをぐいっと前に進めるような時間と、同じくらいの重要度で、なんにも前に進ませない、立ち止まる時間を手帳に書き込んでおくのってどうだろうな。

河原に寝そべる、空を眺める、塗り絵をする、お風呂にふやけるまで浸かる、絵本を読む、目的なく歩く…。

ここまで書いていて思ったのだけど、仕事やプライベートでぐんぐん前進していく時間と、立ち止まる時間の隙間には「ゆっくり歩く時間」というのがあるね。

すぐに読まなくてもいいけどいつか読みたいと思ってた本を読む、掃除をする、美味しいものを食べる、とか、映画を観る、とか。

「ゆっくり歩く時間」で気分が変わって、よーし!歩くぞとまた進めるときもあるけど、ヘトヘトのときって一度ピタッと思い切って立ち止まった方がいいのかも。まったく今にプラスにならないような、意味もないような、スナフキンみたいな時間の使い方をときどきしながら。

よく、寝っ転がって漫画を読んでいる子どもたちに、「宿題やったー?漫画はやること全部やってからだよ!」とプリプリ声をかけたりする。でも、子どもなりに一旦立ち止まって、自分のペースでまたスタートの合図を自分に出そうと思っているのかもしれないですね。漫画を読んだり、youtubeをみたり。一見、無駄に見えることに時間を使って。


いろいろ手に持ってたものを一度手放して、思い切って立ち止まる。空いた手のひらが何を掴みたかったのか、もう一度考える。そんな真っ白な余白みたいな時間をときどき持ちたいです。


今日は七夕。

大それたこと、中それたこと、小それたこと、大中小それぞれ願ってみようと思います。

#53 #10代 #格言 #図書館 #魚の捕り方 #おこづかい1000円/週 #実験 #虹

「今日、いい格言、見つけたんだ」

打ち合わせから帰ってきて、まだ外モードのスイッチが半分入っている私に向かって、前ぶれなく息子は言い、返事を待たずにパラパラと本をめくりだす。こないだの休日、紫波町図書館で借りた10冊のうちの一冊。『10代からのマネー図鑑』という本で、図鑑という名前にぴったりの分厚い表紙。10代!そうか、10歳ってもう10代なのね。急に小さい大人と一緒にいるような不思議な気分を味わっていると、「あった、これこれ」とにっこりして、声に出して読んでくれた。

「人に一匹の魚を与えれば、一日養うことができる。人に魚の捕らえ方を教えれば、一生養うことができる。」


6月上旬、高校生のみなさんにお話する機会をいただいた。テーマはワークライフバランス。依頼をいただいた時におもわず口から出そうになった「わたしの話でいいんでしょうか」という言葉。飲み込みきれず、ぽろぽろとあちらこちらで漏らしたりしながら、迎えた当日。

難しいことはお話できない!だって難しいこと考えていないから!と腹をくくって、今の自分の毎日がどんなで、過去がどんなで、これから思い描いていることはどんなか、をお話ししてきた。

その時間の中で高校生から一番反応があったのが「我が家のおこづかいは、一週間に1000円です」と言った時だったなあと。「多すぎ!」とか「絶対無駄遣いしてる!」とか「羨ましいー」とか、ざわめいて、そのあとに「1000円、高いと思う? でも、掃除と洗濯とお皿洗いを毎日する対価だと思ったらどうかなー?」と話すと、ざわざわした教室は少し静かになった。


そのとき、大人が思う正しいことを伝えて、そちらに誘導して、失敗しないようにするの簡単だ。思えば自分だってそんなふうに「失敗しないように、間違わないように」育ててもらった気がする。でも、仕事でも生活でも山ほど(ほんとにたくさん)失敗してきて実感しているのは、こどもたちを近くで見守ることができるうちに、たくさん失敗させてあげたい、ということ。

お金だってそうだ。いまのうちに、誘惑に負けたり、貯められなくて試行錯誤したり、貸したお金が戻ってこなかったり、そういう経験を小さいお金でやってみてほしい。その気持ちをわかることができないと、稼ぐ楽しさ、お金の大切さ、何を与えてくれるのか、そういう気持ちを味わえる場所にたどり着けないんじゃないか。そんな仮説をもとに、掃除・洗濯・洗い物の対価として1000円払う生活を続けている。


そう、それで、冒頭の格言の話。わたしは、お金のことに限らずだけど、子どもに「一生養える魚の捕り方」を身につけて欲しいと思っているんだ。自信を持って、「失敗しても大丈夫!」、と、にっこり笑って、自分を、他人を喜ばせるようなお金の使い方、できたらいいよね。さっき「仮説」という書き方をしたのだけど、子育ては誤解を恐れずにいえば、大きくて長くて楽しい実験。


今日も夜中になってしまったなー。読んでいただき嬉しいです、ありがとうございます。

保育園では最近、毎日、水遊びをしています。ホースで霧状に水をまくと虹が出て、その下をこどもたちが裸足で走って。みんなお風呂上がりみたいに濡れた髪で、きっと、ゆあがりもこんなふうにかわいらしいのだろうな、と他の先生たちと話しています。

大人も水遊び、気軽にできたらいいのにね。虹の下をくぐりっこしたりさ、たまにはしたい。

#52 #流行り病 #ひたすら家に #こども色 #地平線

保育園に勤めはじめてから、大なり小なりいろいろな流行り病があったけど、なんとなくうまいこと乗り越えてきて。「免疫、意外とあるな。ふんふーん♪」なんて思っていたら、先日ついにお腹の風邪をもらってしまった。幸い症状は重くなく、元気はあったのだが、感染性だったので数日あれもこれもお休みをいただいて、ひたすら家にいた。

保育士の仕事と、それ以外の撮る、書くお仕事。イベントの準備。小学校は家庭訪問と運動会なんかもあり、スケジュール帳をパラパラ見返したらしばらく「休んだー」という実感を持てるような休みがなかったことに気づく。

夜9時、「おかあさん、今日は、おふとんもうこれる?」ってそーーっと聞かれて。その小さな声に「一緒に横になっちゃうと、そのまま寝ちゃうからさー、まだお仕事したいんだ」、顔だけはにっこりとして、そんなふうに返事をして、おやすみをして、パソコンに向かう日が増えていた。

なるべく、寝る時にはそばにいて、体に触れて、本を読んで、少し話をして、眠りについてほしいと思っていたのにな。毎日のこと、っておろそかになってるのになかなか気づけないんだ、ってことに気づけた、数日の丸ごとのおやすみでした。

だいじにしたいの、わすれちゃだめですね。


もうひとつ。このおやすみ期間は、LITERSの軸について考えていました。盛岡という街に違う角度から光をあてられたら、そう思って立ち上げたLITERSも1年の節目が近づいてきました。

1年前と変化したことはたくさんありますが、自分の中で大きかったのは「盛岡という星で」というプロジェクト。携わらせてもらう中で、当初LITERSでやりたいと思っていた目標、いや、それ以上の表現に、たくさんのクリエイターの皆さんと一緒に取り組むことができている。背伸びしたり、冷や汗や、恥もたくさんかきながらの毎日ですが、1年前の自分が見たらきっと驚くような景色だなと思っています。

そんな毎日の中で、じゃあLITERSはどうしていこうか、と。昔の手帳を見返して、頭の中をひっくりかえして。
なんとなく、みえるようなみえないようなところまで来た昨日、尊敬している先輩とやりとりしている途中で突然「今更ですが、悩み相談してもいいですか?」と前置き。さっき書いたような現状をお話ししました。

「うんうん」という、にこにこした相槌に引っ張られるようにでてきたのは、「やりたかったことで、まだやれてないことで、誰かが喜ぶことで、自分が好きなこと。今のLITERSの色にもう一色加えるとしたら『こども色』かな、と思う。家族でもっと街にでて、いろんなお店を歩いたり、景色を楽しんだり、美味しいものを食べたりすることのきっかけを作りたいです。『違う角度』から盛岡に光をあてたい、と思ったけど、こどもたちが盛岡を知って、そこに光を、こどもたち自身が『自由な角度』から、あてたくなるようなお手伝いがしたい。」こんな言葉。結局「悩みじゃないじゃないですか、抱負じゃないですか笑」というツッコミをいただきながら、長いこと悩んでいたトンネルからポンっと抜け出したのでした。

そんなわけで、LITERSはすこしずつ「こども色」もプラスして、再出発していきたいとおもいます。ご一緒に企んで、楽しんでもらえたらいいなあ。


立ち止まって、考えて、また進んで、ですね。

手帳にあった自分の文字に励まされてみたりして。「地平線 進めるところまで進んでいって 新しい景色をみよう」

そうだね、みにいってみようね。

長かったですね、読んでいただいてありがとうございます。

今日も、げんきで。