#47 盛岡市内丸12-2

土曜日、日曜日は「盛岡という星で」のビジュアルブックを配布に、盛岡市役所へ。

事前にお申し込みいただいた学生さんと、盛岡にお引越しをしてきた方々に一冊ずつ手渡しで。


Instagramのフォロワーや、いいね!の数や、そういう指標でアカウントのパワーというか影響力は測られがち。そういう考え方も正しいし、ある意味では公平なんだろう。

でもやっぱり、顔がちゃんと見える、声が聞こえる、一対一の時間がわたしはすきだなあ。

偉い人、とか、有名な雑誌に載る、とか、そういうものには興味があまり湧かない。「なんでなの?」って友人に言われるまで、理由を考えたこともなかったんだけど、元からの心のクセ、というよりは後天的な理由な気がして、「接客業をしていた時間が長かったからじゃないかな」、と答えた。

むかし働いていた舞浜のホテルで、「スイートルームにご宿泊のお客様には、古くからの友人のようなリラックスした気持ちで。リーズナブルな客室にご宿泊のお客様にはスイートルームをご案内するような気持ちで」と言われたことがあった。

なにより、一緒に過ごす人に、緊張して欲しくない。仮にその人が著名な人だとしても、その肩書きの内側にある、素の自分で話をして、のんびりと時間を過ごして欲しい。それには「尊敬しています」とか、「ずっとファンなんです」とか、「あの記事、読みました」とか、言ってしまうとヨソ行きな自分を発動させてしまう気がして。

あと、フラットでなくなるようで。わがままだなあと自分でも思うけれど、尊敬している人とも、憧れている人とも、小さな子どもとも。向かい合う姿勢、声、態度はブレずにいたいなあとおもうのです。(たまに怒られたりもしますが笑)

盛岡という星で、のビジュアルブックを「どうぞ」とお渡ししながら、そんなことを考えたり、岩手公園まで散歩して薄焼きを食べたり、中津川に反射する光のスタートを探したり、みんなでスプラトゥーン2をしたり。よい週末でした。

オオイチョウさん。遠くから見ると少し黄色味がかってみえました。あれ??イチョウ?

近くに行くと、なるほど。小さな黄緑が芽吹いていました。

秋のはじめ、てっぺんだけ色が変わったちょっとひょうきんな姿もすごく好きなのですが。

この淡くてほわーーんとした黄色も、夢みたいにいい色でした。

「中津川のイチョウは二度色づくんだね(キリッ)」と、笑いながら、東家さんのカツ丼でお腹いっぱいの春の日でした。


今日もLITERSへ来ていただき、ありがとうございます。あの仕事とこの仕事と、生活と遊び、こどもたちとのんびり過ごす時間も。…まだペースが掴めない4月です。掃除と洗濯を怠ると全部がガタガタになることはわかった。

#46 盛岡市内丸5-3

盛岡駅方面から桜山へ。

櫻山神社の少し手前で、足をゆるめ「どうする?」とお決まりのやりとり。

パァクにいく?リーベにしようか? うん、あれ食べたいから、今日はリーベ。


二階に上がり、「元気してた?」とテーブルに頬杖ついて身を乗り出す。

程よく離れた4人掛けのテーブルと、友人の家のような親近感の湧くソファ。

ぐるりと他の席を見渡すと、女子高生がパフェ、サラリーマンが打ち合わせ。人の気配はもちろんあるが、じっくり聞き耳立てないと会話の内容まで聞き取れない絶妙な距離感。安心して話した、わたしたちの内緒話も、ふわふわのソファに吸い込まれていった。


Luontoのキャンドルに、ときどきお世話になっています。

アトリエでずらりと並んだビンの前に立ち、言葉や、香りの名前は、一度目を伏せ、とっぱらってしまいましょう。

そしてひとつひとつ蓋を開け、香を。

今一番自分が欲しい香りを鼻と直感で探すのです。

今回は #07のこちらでした。爽やかで、うすくやわらかいレモンイエローに白を少し混ぜたような。蓋の裏にはこんなことば。

challenge「新しい可能性」

飛び越えた先は

飛んだ者にしか見えない世界が

広がっている

チャレンジ、っていってもそんな大げさなことではなくて。

あ、今日わたしはカレーにカマンベールチーズをのせてみたんですが、それだってチャレンジ。カマンベール&カレーという新しい世界をみたのです笑

それにしても、キャンドルを灯す時間をもつことができた次の日は、すごく調子がいいな。

今日もLITERSでお会いできてうれしいです。

むだといわれそうなこと、遠回りにみえること、もっとやっていきたいです。ご一緒にどうですか?

#45 盛岡市内

リュックがたわみそうな冊数の「盛岡という星で」のビジュアルブックを背負って、ご協力いただいたお店のみなさんにお届けした週末。プロジェクトのディレクションをつとめるhomesickdesignの清水さんとご一緒に。ちりんちりん。

お天気は快晴の予報だったので自転車で集合したのですが、うっすらと雲が。

コーヒーと、チーズケーキと、笑い声と、そして寂しさやひとりぼっちな気持ちとも。いろいろな場面にこの一冊がこれから出会っていけたら。

材木町、開運橋、そして菜園へ。ちょっと疲れがでてきたところで、嬉しいコーヒー休憩をいただき、充電。

菜園のあとは、桜山へ。ちりんちりんー

パァクのカウンターで、赤いカーディガンがとっても似合うすてきな女性にお会いしました。お孫さんと娘さんがアメリカにいるのだそうで。「アメリカに、この本送るわ」と。インドのものなの、というお財布の上に無造作に置かれたParkのマッチと、懐かしいかおりのタバコの煙。

お店からでて観光ガイド片手に白龍から出てきたご夫婦と立ち話。「じゃじゃ麺を食べたくて、盛岡に何度もきている」というお二人。(一泊、って言ってたけどどんな滞在になったかな、良い時間をすごせたかしら。)

大阪のお二人を見送ってパァクの前を通ると「!」さっきお渡ししたポスターがもう貼ってありました。ありがとうございます。

たくさんの方に届いて欲しい、とも思わなくはないのですが、それよりも「今これを手にしてよかった」と、じんわり感じてくれるような人の手にちゃんと届いたらいい。

強くなくていいし、濃くなくていいし、いそがなくていい。

いつも変わらずその場にあるように見える惑星が静かに動くように。

少しずつ、淡く、ゆっくりと、続くプロジェクトにしていきたいですね。


今日もLITERSでお会いできて嬉しいです。

四月も半ば。わたしたちもゆっくりゆきましょう。

#44 紫波町日詰中新田227-1

「自分の少し前を歩いている、けいこちゃんがいてくれることが心強い」

「出会ってから、年齢を重ねることが楽しみになった」

昨日は「切手のないおくりもの」、次のお手紙をお預かりしてきました。

同じ時期に苦しさ、しんどさを共有して励ましあえる人と、5年先10年先を颯爽と歩いていく人。

育児でも仕事でも、そんな人と手をとり、背中を目指して歩いていけたら、私たちはもう少し「今」を楽しむことに集中できるのかもしれません。

お手紙、写真の編集がもうすぐおわります。あの時間を思い出しながらパソコンに向かっています、もう少しお待ちくださいね。


別でしっかり書こうと思っていますが、4/3(FRI)、紺屋町のDue Maniさんでひらかれている、「コップワインの会」お手伝いをさせていただきました。

「お店で提供したい料理と、お酒って本来しっくりくるはずなんだけどね。同じ個から生まれるものだから。見栄や流行がどちらかに混ざってしまうと、ちぐはぐになるのかもしれないね」

Due Maniでお客様に出しているワインについてお話していたときに、店主の小澤さんがふわりと話した言葉。

お店に入った瞬間の違和感。メニューをみた瞬間の違和感。接客から感じる違和感。また来たいな、また食べたいな、と思う店はその違和感が小さい。そして、違和感が小さいというのはどういうことなのかなーと、深掘りすると、先ほどの小澤さんの言葉「見栄や流行が混ざっていない」に繋がるのかな。

商品、料理、空間によこたわる雑味のない個の色。その柔らかで揺るがない芯の気配に、わたしたちは惹かれるのでしょうね。


今日もLITERSでお会いできてうれしいです。

「寝る前に読んでいます」とお話ししてくれた方がいて、今日みたいに遅い時間の更新になると、あの子はもう寝ているだろうな、明日の夜届くのかなあと思ったりしています。

#43 駅前通1-44

エイプリルフールでもあったはずの四月一日なのに、「令和」の影で、嘘をついてみる気持ちにならないまま終わってしまった。

「れいわ」とパソコンで入力すると「0話」「レイ輪」…当たり前だが「令和」の気配なんて全くない。わたしたちは「令和」を知った。でもわたしのMacはまだ「令和」を知らないんだ。


2007年6月29日に発売された、iphoneだってそうだ。今、私の手の上に当たり前に毎日乗っかっているけど、この日の前にはなかった。iphoneのない世界に暮らしていたんだよな。

ちょうどiphone発売のころにApple storeに勤めていて、前日からお店の前に並んで開店を待っていた熱いAppleファンのみなさんを、ハイタッチでお店に出迎えた。店頭のデモ機の前にも順番待ちの列ができた。

指を滑らせるとページが切り替わる!ボタンが正面に一つしかない!指で拡大も縮小もできる!Googleマップも自由自在!

iphoneとお客さんががっしりと「はじめまして」する姿に、感動した。

一方で少し時間がたつと、ニュースでみたから来た、という「Apple? Mac?よくわかんない。でも面白そうだから」な人たちもお店に立ち寄ってくれた。

おサイフケータイは使えないの? ユーチューブ?なにそれ? ストラップがつけられないのはいやだなー。ワンセグもみられないんだー

店頭でお話ししていると、半分くらいはネガティブな意見だったとおもう。

それが10年ちょっとの時間を経て、こんなふうになっているんだから!

4月から新しいことをはじめた人。新しい場所にたった人。

世界は良くも悪くも変わります。あんなに馴染みそうもなかったiphoneが、一人一人の当たり前になったみたいに。

「令和」だって、言い慣れて、呼び慣れて、使い慣れてくるように。

今「わードキドキ」「わーきつーい」って思ってやっていることも、きっと「あたりまえ」になる日が来ます。

自分で自分をかっこいい!と思える姿を、頭の中に描いて、声に出して、手足を動かして、少しずつ「あたりまえ」にしていきたいですね。

LITERSにお立ち寄りいただいて嬉しいです。ありがとうございます。

4月は、ぐっと背伸びしたくなる季節。気づいたら本当に背が伸びていたりして。

#42 菜園1丁目5-25

電子ピアノを家に買った。

保育園で子どもに弾く歌を練習したかったのと、小学生の二人も気が向いたら弾くかな?と思って。届いたのが今月の22日なので約一週間がたちました。今のところ、かえるのうたと、メリーさんのひつじと、んー、チューリップ。キラキラぼし…あとは…ちょうちょちょが弾けるようになりました。せんせいとおともだちと、こいのぼりは練習中。

右手でメロディーをドレミで思い出して、和音を左手でジャーン!ってやって合わせています。パッと出てくるコードが3つくらいしかないので、ぴたっと合わない音がときどきあって、弾きながらムズムズと気持ちが悪い。

そして弾きながら歌うと、どちらかが雑になってしまう。歌詞か指かどちらかを間違う…。先輩の先生は子どもの反応を見ながら弾いていてかっこいいんだよなあー。

「ピアノ、じょうずになるといいね」と、我が家の子どもたちに言われて、「じょうずになる」ってどういうことなのかなと考えていました。

級や資格のように、わかりやすいステップアップの道がみえないもの。そう、私の手の届く範囲で考えるなら、ピアノももちろんそうだし、言葉の扱い方、写真だってそうだ、じょうずになりたい。

「じょうずになる」って、モノサシのメモリを細かく増やしていくことなんじゃないか、とおもう、2019年3月現在(時間がたったらきっと変わる)。

なにかを始めた時点で、のっぺらぼうな木の板が「ほいっ」と手渡されて。毎日練習して、誰かから教わって、本を読んで、また学んだことを試して。そんなふうに目盛を作っていく。

最初は大雑把な目盛しかない。30センチのモノサシなのに10センチ間隔で3つ!みたいな。

それでもその目盛がぴたっと合うことが時々起こって、それを私たちは「ビギナーズラック」と呼んだりするんじゃないだろうか。

その目盛が細かくどんどん増えたら、「この長さでお願い」って声に「任せとけ!」って返せる。強弱をつけたり、色合いを変えたり、伝わり方まで塩梅を調整できるようになる。

「じょうずになる」ってそういうことかなあ。


たくさん持っていることがいいことかっていうとそうでもないですよね。

こまかーく目盛が入った、一本を持った人にしか合わせられない世界というのは存在するだろうし。

なにが、いい、とか、悪い、とかではなくて。

自分がどのくらいの目盛のモノサシを何種類持っているのか、を、把握するのは大事なことだなと思っています。

適材適所。

わたしやあなたが「こんなの使えない」と思っている定規にしかぴったりと合わせられないものも、世の中にあるのかもしれない。

誰かが「これを探していたんだよ」と喜ぶものが自分の手の中にあるのかもしれない。

逆だってきっとある。

そんな風に思ったら、誰かと出会って、話して、深く知ることは、もっと楽しみなことに変わる。

出会いの春、わくわくと進みましょ。

写真は髪を切られながら、餃子レシピ特集を熟読する息子。彼には彼なりのモノサシが心の中にあるのです、おそらく。


今日もLITERS、読んでいただいて嬉しいです。ありがとうございます。

始めたことが続かなくても悔いない。たくさんのモノサシ抱えているのだって素敵。