#59 #夏休み #最終日 #宿題 #水遊び #虹 #しゃぼんだま 

我が家のこどもたちの夏休みが終わった。

昨日の夜は、忙しかった。繁忙期のオフィスみたいな我が家のリビング。あと数時間後に提出しなきゃいけない宿題を「涙出てきた」と言いながら進める息子…。わたしも横でじゃんじゃん丸付け…。

23時「もうさ、寝たほうがいいんじゃない、答え教えてあげるからさ、書いちゃいなよ」とか、母親らしからぬ提案をしてしまったのだけど。ちょっと困った顔をして、「ここまできたから、自分の力でがんばりたい」って言われて、キラキラキラ。真夜中なのに眩しかった。

24時すぎ、やっと全部終わって、「はあーーーーっ」て、二人で(娘は宿題残してなくて、とっくに寝てた)健闘を讃えあった。歯磨きをして、さあ、すぐに寝よう、寝坊するよーってバタバタしていたら「あ!ちょっと待って、忘れてたことがあった!」って言ってまたノートを開いた息子。

「え?なに?まだあるの??やめて?」と心の中で問いかけながら見守っていると、残っている宿題を書きだしたTODOリスト、上から順に「これもこれもこれも!おーわり!!」って言いながら鉛筆でジャッ、ジャッ、ジャッて線を引いて。下まで引き終わって「あーーー!最高!俺よく頑張った!えらい!」って、すっきりした顔。

計画的にやってなかったのは、まあ、あれとしても、そうやって自分で自分のことを手放しで褒められるの、いいなあ、きもちいいなあと思った深夜でした。


日中ね、保育園で水遊びをしたときに裸足になったら、アスファルトの温度が全然違って驚きだった。お盆前は水をまいてもまいても熱くて、子どもたちの足の裏を心配しながら水遊びをしたのに。つい数週間前なのに。

シャワーの粒が光を浴びて小さな虹を見せてくれる、その虹の色も、なんとなく熱い、暑いときよりも柔らかい色合いになったようで、シャボン玉も高く高くよく飛ぶようで、そうか、秋ってこんなふうにはじまるのか、と。


今夜の盛岡は涼しい。秋の虫の声がカーテンを揺らします。

おやすみなさい、良い夜を。

#58 #どろんこ保育園の食育計画 #読書 #図書館 #縁側給食

こないだ、夏休み中の子どもたちと一緒に紫波町図書館に行ってきた。こどもも大人も一人10冊借りられる。控えめに言っても最高。楽園。

おもちゃ屋さんや、服屋さんで「なんでも好きなの選んでいいよ」なんてなかなか言えないけど、ここなら言える。図書館にくると、自分も本を選んで満足で、子どもたちもいろんな本を手にして嬉しそうで、「ああ、なんだ、わたしも意外と『お母さん』できてるんじゃないか」と思える。

調べ物をしていたのかな、「ぜんぜんわからないよー」という小3くらいの女の子に、司書さんが「大丈夫だよ、調べたらわかるよ!この本のこの辺…一緒に読んでみよう」と話して、小さなテーブルに座って、一緒に一冊の本をめくっていたり。

子どもの好みが今どこに向いているのか、何に興味があって、何を面白いと感じているのか。選んだ10冊を見るとなんとなく知ることができる。普段こどもに「あのユーチューバーがねー」って言われても、正直一緒にみよう!ってまでは思えない。10代との壁を感じる瞬間…。

でも本は不思議。どんなにマニアックで、自分なら選ばない様な本を借りていても、一緒にめくってみようって思う。なんでもかんでも親に話さなくなってきたし、友達との世界も広がってきた。だからこそ、二人の「今の10冊」が知れるのは本当に楽しい。


さて、わたしも何冊か借りてきたうちの一冊「どろんこ保育園の食育計画」。

この保育園、朝は座禅からはじまり、園庭で野菜を育てる。ヤギとニワトリを飼育している。春の花、夏の日差し、秋の風、冬の美しさを感じるのが、毎日の「縁側給食」。給食は毎日バイキングで、子どもたちは自分で食べたい量を自分で盛り付ける。遊びも自分が何をしたいかを第一に。

読みながら岩手だったらどんな保育園がつくれるかなあと考えた。

園庭を広く作ることや、野菜を育てる家畜を飼育する、そういうのは場所によっては難しくなさそう。絵本の原画を展示したり、作者のお話を聞く時間を企画したいし、たくさんの「本物」に触れる機会を増やしたい。こどもが当事者として自分で選ぶことを、どれだけ「安全と安心」の土台をしっかりと組んだ上で築いていくのか。

親が安心してひと息つける時間も大事。こどもと親が安心して距離を取るって、保育園だからこそ実現しやすい。親も知的好奇心や趣味への気持ちを満たせるような企画で、自分も楽しむ時間をもってほしい。

保育園にももうちょっといろんなカラーがあってもいいのにな、と個人的には思うのです。


今日もLITERSご覧いただきありがとうございます。

「今日教えて明日できることは教育ではない、教育とは速さではなく 遠さ。いかにその子の「遠く」へ語りかけるか」といういつかのメモ。

#57

こどもたちが、夏の旅を終えて帰ってきました。キャンプに行き、ドライブをし、釣りをして、真っ黒に日焼けして、お土産をたくさん抱えて。一週間、長かったなあ。迎えに行った駅のホームにはたくさんの人の振る手と握手。おかえり、ただいま、またね、気をつけてが交差していました。夏が行きますね。


さて、本題。

LITERSは書き始めてからもうすぐ1年になります。お話を聞かせてくれた人、読んでくれている人、たくさんの方の手と時間をお借りしてきました。

「街に灯りをともす人に、別の角度から光をあてたい」そんな文章を最初に書いたのですが、1年経って、「じゃあその先は?」と考えるようになりました。光を当てた場所の、もう少し外側に、どんな景色をみたいのか。どんな場を目指したいのか。

最初に浮かんだのは、週末、もりおかの街の中を、カメラを持ったこどもが家族で散歩している絵です。

子どもが、表現することをもっと楽しめるような場所。こどもの眼に映る世界をもっと覗けるような場所。LITERSはそんな場所になっていきたいです。

まずは、自分のフィールドでもある「写真」のことから始めていきたいと思います。「子どもの心を育てるのに、写真は最高のパートナーなのでは」とずっと思っていたのですが、子どもたちのまばたきのようなシャッターが捉えるものを楽しみに更新していきます。


長くなりそうなので、新しいコンテンツのお話の続きはまた明日。


わたしは台風の日が嫌いではないです。振り返ってみると、嵐の夜には忘れられない出会いがあったり、別れがあったりするから。今日も、強い風の中、中央公園の小さい山の上で子どもたちと満月を眺めてきました。娘から、「旅のおみやげ!」って言って、貝殻から取って作った真珠の指輪をプレゼントしてもらったのですが、満月と同じように白くて、丸くて、眺めるたびに今日を思い出しそうです。


ほんとは今日に合わせてサイトリニューアルをできたらな、と思ってたのですが、特に変わっていません。あ、twitterなどは森優ちゃんのイラストをプロフィールに使わせていただきました。季節が変わるみたいに少しずつ、サイトも変わっていきますよ。さあ、台風のいい夜、今日はわたしに特別な日。


今日もご覧いただきありがとうございます。

どこかに、ではなく「ここにある」そう思えた8月15日です。

みなさん良い夜を。

#56 盛永省治展 @Holz

Holzのいつもの扉を開けると、中はふわりと木の香り。

(展示初日の写真なのでたくさん商品が並んでいますが、今日行ったらだいぶスカスカでした)

木の種類も、かたちも、いろとりどり。

「クスノキは樟脳(しょうのう)の香りがするよ」と教えてもらったので、鼻を近づけてみる。ミントみたいな、緑と青色の絵の具をソーダで薄めたような。

手触りはつるりと。

気持ちが良くてずっと撫でていると、わたしの手のひらにまで、涼しい香りがうつります。

このスツールは、「とっちり」とした大きさ。もし家にあったら、家族が一人増えた気持ちになりそうな、あったかい存在感。上から見ると、雪だるまみたいに二つに分かれているように見えたのだけれど、くびれのところも継ぎ目はない。一本の木。

これは黒柿という種類の木を使っているそう。水墨画みたいな滲み。ふちにワンポイント。女性のお客様が「この持った感じが好き、わあ…かっこいい」と、なんども手に取って。

まわりと比べてもひときわ赤い木。アフリカの木なんだそうだ。「削っていると、手も服も真っ赤な木屑で赤く染まる」と省治さん。

なにか違う素材なのか、と思うほどに光る光る、うつわ。

こちらの木の種類を尋ねると、「桜だよ」と教えてもらった。桜の木ってこんな色なんだ。

顔を近づけると、器の中はあの、桜の花の季節。

そうだよな、「地面から4,5メートルのところを使う」と省治さんが話していた。

これも、花咲く桜のまんなかにある、頼もしい幹だったんだな。ここでこうしてその幹の中を覗き香ることができるなんて魔法みたいだ。

作品ひとつひとつを、じっとみつめる。

そこから空へ高く伸び、枝葉を伸ばし、風に吹かれていた一本の木が、器に重なる。

外にでて、少し遠くから眺めたHolzは、彩り豊かな木々がしげる、小さな林。

展示は7/21(日)まで。

ぜひ手に取って、なでて、香って、持ち上げてみてください。

木のこと、今回の展示のこと、もうちょっと詳しく知りたいなという方は、Holzさんのブログへどうぞ。


今日もLITERSにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

手のひらの小指と小指を隣り合わせて、水を飲む時に作る「手の器」に一番近いのは、ここでみた、木の器じゃないかな。そっくり。

#55 本宮蛇屋敷外

「夕焼けごはん、久しぶりに行きたい」

18時過ぎるころ、夕ご飯の準備をし始めたキッチン。

冷蔵庫を覗いている私に、兄が声をかけてきた。

簡単なお弁当を持って、夕焼けをみながら外で食べるご飯のことを我が家では「夕焼けご飯」と呼んでいる。場所は盛岡市中央公園の見晴らしのいい、山の上。

「んーー」時計を見る私。今からお弁当を作って?中央公園まで? んーーー

キッチンの小窓から見えた外の色が、シャンパンみたいに、ふうわりとした黄色。

最近ずっと行けていなかったんだ。でっかい空が焼けていくの、今日は3人で見たい気分だ。

お弁当は時間的に無理だから、おにぎりを作ろう!、と話し、せかせかと作り始める。だが、そういうときに限って、「おかあさん、お米が…」妹の視線の先にある床を見ると茶碗2杯分ほどの白米がぼたっと落ちている…おーい…小学2年生の手のひらにはどう考えても余るよ笑 もう一度初めから。

窓の外はシャンパンからワンタンの皮くらいの黄色に変わってきた。いそげいそげ!

それぞれ好きな味付けをして、なんとか完成。中央公園まで車を走らせる。公園へ向かうその間も少しずつ、でもしっかりと赤い色味が空気に混じっていく。


駐車場に到着、もう空は「夕焼け」と呼ぶのにふさわしい、そう、焚火を思い起こさせるような暖かな色。

山の上まで階段をのぼる。一段飛ばしで駆け上がる二人。

いつのまにこんなに走るのが速くなったんだろう、そして、いつのまに私はこんなにギクシャクとして、滑らかさが足りない体になったのだろうな。


山の頂上には高校生の女の子が二人いて、夕焼け空を背景にして二人で手をぐーっと伸ばし、写真を撮っていた。

妹は、はっきりと通る声をしていて、そこがチャームポイントだな、って普段は思うんだけど、その声で「おねえさんたちがしているのは、『じどり』ってやつだね!!!」と言われたときは、そそくさ帰ったお姉さん二人の背中に謝罪した。

おにぎりを食べ終えるうちにどんどんかわる空の色。

ピクニックシートに寝転んで上を見上げると、もうすぐ半月というサイズの月がぼんやりと光っていた。

これ以上赤くならないだろうと思ったところからさらに強くなった赤色を一瞬見せて。次にあたりに満ちるのは、夏にしては涼しい、ただの夜だった。


LITERSへお越しいただきありがとうございます。

ただの白いおにぎり、ただの公園、ただの夕焼け、ただの家族、ただのあなた、ただのわたし。

そんな「ただの」日々。やっぱりそういうことなんだ。

#54 #てばなす #手帳 #歩く #立ち止まる #ゆっくり歩く #大それたこと

一度手を離してしまう勇気をもつ、というのは愛でも恋でも、仕事でも、家族でもオールマイティに有効な手段の一つなのかもしれない。

「一日にできることって、そんなに多くないよね」全方位に過密スケジュールにみえる友人が、言って「ほんとですよね」と返したときの会話。河原に寝そべったわたしの目の前に、まーるく広がる青空に吹き出しつきで浮かんだ。


朝7時から夜24時までが時間軸で一目でわかる、バーチカルタイプの手帳を使っているのだが、空欄があると「あ、ここ予定入れられる」と、人と会う予定や仕事の予定を書き込む。

なんだか時間的な忙しさよりも、気持ちのほうがぎゅーぎゅーになる。

誰かと会って、何かをぐいっと前に進めるような時間と、同じくらいの重要度で、なんにも前に進ませない、立ち止まる時間を手帳に書き込んでおくのってどうだろうな。

河原に寝そべる、空を眺める、塗り絵をする、お風呂にふやけるまで浸かる、絵本を読む、目的なく歩く…。

ここまで書いていて思ったのだけど、仕事やプライベートでぐんぐん前進していく時間と、立ち止まる時間の隙間には「ゆっくり歩く時間」というのがあるね。

すぐに読まなくてもいいけどいつか読みたいと思ってた本を読む、掃除をする、美味しいものを食べる、とか、映画を観る、とか。

「ゆっくり歩く時間」で気分が変わって、よーし!歩くぞとまた進めるときもあるけど、ヘトヘトのときって一度ピタッと思い切って立ち止まった方がいいのかも。まったく今にプラスにならないような、意味もないような、スナフキンみたいな時間の使い方をときどきしながら。

よく、寝っ転がって漫画を読んでいる子どもたちに、「宿題やったー?漫画はやること全部やってからだよ!」とプリプリ声をかけたりする。でも、子どもなりに一旦立ち止まって、自分のペースでまたスタートの合図を自分に出そうと思っているのかもしれないですね。漫画を読んだり、youtubeをみたり。一見、無駄に見えることに時間を使って。


いろいろ手に持ってたものを一度手放して、思い切って立ち止まる。空いた手のひらが何を掴みたかったのか、もう一度考える。そんな真っ白な余白みたいな時間をときどき持ちたいです。


今日は七夕。

大それたこと、中それたこと、小それたこと、大中小それぞれ願ってみようと思います。