#26 目黒区中央町1-4-15

先日のイベントで立ち寄ったFactory & Labo 神乃珈琲。

中に入るとバリスタ(っていっていいのかな)が白衣を着ていました。珈琲を抽出するときも、下から真っ赤なライトをあてていて、珈琲が魔法の飲み物に見えた。

1階と2階があり、1階の奥の席に腰掛けると、目の前は大きな機械。Factory感満載。

電球のオレンジの明かりの中でラテ。


自分よりも、周りの誰かの方が「わたし」という人間のことを知っているというのはよくあることだ、というのはもと若いときに知りたかったことの一つ。独立してからは特にそう思うことが多くて。自分では「わたしには無理」と思うようなことも、誰かが「やれるよ、やってみなよ」と舞台を用意してくれて、そこに飛び乗ったら、存外楽しむことができたりする。

自分の感覚を信じている、でもある意味信じていない。

誰かの感覚を信じている、いつも信じるわけでもないけど。

ミモザのキャンドルに火を灯しました。春が来た、春が来た。

お金になるもの⇄お金にならないもの

人をたくさんよぶ⇄限られた人でやる

有料⇄無料

一日だけ⇄長く続ける

広める⇄狭くする

増やす⇄減らす

今日もLITERS、ご覧いただいてうれしいです。ありがとう。

次の企画を考えています。いったりきたりしながらすこしずつ進もう。

#25 内丸4-6

こないだの休日、子どもたちとパァクに行った。お店にはカウンターに3人のお客さん(常連さんだろう)。空いていた、窓際の奥の席へ腰掛け、ソフトクリームと、アルペン物語と、ホットケーキを注文した。

食べていると、カウンターの会話が耳に入った。

「風邪がなかなか抜けなくてね」

常連さんであろう、男性の声に続いて、

「まあ、それはきっと、お人柄がいいからですねえ」

という、店主の声。

窓から外を見上げると「park」と書かれたガラスの上には三角の青空。

しゅんしゅんと音をたてる、店内のやかん。

もう一組いたご家族が抱いていた7ヶ月の赤ちゃんの、うにゃうにゃしたおしゃべり。

あったかいホットケーキに、つめたいソフトクリームをのせて、食べてみたりもして。

音も声も光も味も、できすぎた休日のようで、「ああ早起きしてよかったな」、と思ったのでした。

今夜の窓の外は雨の音。ひさしぶりで嬉しくなって窓を少し開けました。

あたたかさを感じ、雪が雨へと変わり、氷が溶け始めるころと言われる、二十四節気の「雨水」だった、今日2月19日。

なんだか優等生な夜ですね。出来杉君。

今日もLITERSにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

楽しいも嬉しいも、悲しいも寂しいも、一口ずつ味わうくらいがちょうどいいんじゃないかな。

#24 名須川町11-28

今日見上げた月は、限りなくまんまるに近かった。

満月かな?と思ってカレンダーを確認したら、2月20日(水)が満月。今日はその前々夜だ。

月の明かりは、真ん中から外へ向かうにつれて、だんだん暗くなっていくのではない。もちろん月が一番明るくて。でも、そのあと一度暗い輪が月を囲んで、その暗い輪をまた明るい輪が囲む。

先日父と母と、子どもたちと蕎麦を食べた。名須川町の喜六そば。

まだ会社員だった頃、風邪気味のときはよくここに立ち寄った。蕎麦のメニューは冷たいそばとあたたかいそばの二種類。冷たい方は大根おろしの汁にそばつゆを入れていただく。

辛い。大根おろしだもの、辛い。

食べるとなんだかすーっとして、いろんな菌もいなくなって、元気が戻るような気がして、蕎麦湯を入れてくーっと飲み干していた。

こどもにはだし汁をだしてくれる。最初、「おかあさん、わかめみたいなにおいがする…」と言って苦い顔をしていた娘も、つゆを入れたら好みの味になったようす。よかったー。まだ啜ることができないので、はむはむと啄むように食べていた。

父と母との食事は久しぶりだった。「おいしいよ」とは言っていたが、大根おろしがでてきたときに眉間にシワが寄っていたのを私は見ていたよ。ちょっと無理をさせたなあ。

はっきりとYes、Noを伝え合う、さっぱりとした、よその家族に憧れたこともあった。かっこいいなあとおもって。

でも、これが私の家族で、父と母。今はこのはっきりしない、やりとりも嫌じゃない。

近い人に気持ちを伝えることが苦手なんだよな、と見上げた今日の月に自分を重ねてしまう。

近い部分が暗くて、少し離れると明るさを増す月みたいに、ちょっと離れた人には優しくいられるのに、近しい人ほどうまくいかない。伝えよう、というタイミングを逃したり、照れたり、怖くなったりしてしまう。

もしかしたら両親だってそうなのかもしれない。そうだったのかもしれないな。

それでも、月がちゃんと、影ができるほどに明るいように、「大事に思っている」という気持ちは真ん中にあったんだろう。

わたしもそれなりに大人になったはず。もうすこしだけ、そういうことも上手になりたいものです。

今日もLITERSにお立ち寄り、ありがとうございます。

弱気な夜はチョコレートを食べよう。

#23 肴町3-20

盛岡は麺の街、でもあるらしい。そんなに食べてる?と思ったけれど、  

そば、うどん、ラーメン、じゃじゃめん。「あのお店のあれが食べたい」という候補が、ぽんぽんぽん!といくつも思い浮かぶ。やっぱりとにかく、チュルチュルが好きらしい。

ちゅるちゅる、と書いていて思い出した。自分の一番古い記憶、わたしは「麺」なのだ。離乳食が終わるころだと思う、それまで太かったちゅるちゅるしたものが突然細くなった。今思えば、うどん→素麺に変わっただけなのだろうが、幼い私を混乱させるには十分で。「なぜ?なぜ細くなったの?? ちゅるんって一本ずつ食べるのが好きだったのに! 細いから食べ応えがないじゃない! 」ともやもやした気持ちを抱えながら昼ごはんを食べた、おそらく1歳前後の記憶だ。

そんなわけで、麺、今でも大好きです。

最近、こどもたちからリクエストが多いのはこちら、たかみ屋。理由を聞くと「お肉が一番好きな味」なんだそうだ。

めずらしいらしく、いつもくるりと回す娘。

子ども達が一緒なのを見て、「スープ薄めもできますよ」と店員さんが注文の時に教えてくれた。

取り分けて食べる時には、子どもには薄めを自分はスタンダードなスープを味わえるように、子どもの分を取り分けてからスープを薄めることもできるそう。

ありがたく、薄めをオーダー。

チャーシュー麺とワンタン麺を食べ終えて外に出る。お腹がいっぱい、って大事だ。考え事や話し合いはお腹ペコペコのときと、寒い場所ではやっちゃいけないね、まとまるものもまとまらなくなる。会議も打ち合わせも、お腹をみたして、あったかい場所で、にこにことやりましょうね。

今日もLITERS、お立ち寄りいただきありがとうございます。

写真でも、誰かから聞いた話でもない、純正の一番古い記憶、みなさんはなんでしょう? 

#22 紺屋町4-8

弟夫婦に子どもが生まれた。

名前を聞いて「キラキラネームじゃないね」と話したら、弟が「最近はキラキラネームはひと段落して、シワシワネームが流行ってるんだって」と教えてくれた。

シワシワ…。知らなかった。

あたたかい病室で、自分の子どもが、弟の子を抱いていた。

弟って不思議だ。小さいころの記憶の分量が多いからだろうか、「仕事」とか「家庭」とか大人らしいことをしていると信じられないような誇らしいような恥ずかしような気持ちになる。

大人らしい顔で我が子を抱く弟、先輩ぽい顔で従姉妹を抱く我が子。

思い出の中の顔と、今の顔がたくさん交差した。

お昼過ぎの病室。

冬の色がすこし戻った盛岡、紺屋町をてくてく。

東家さんのにゃんこのそばが食べたかったけれど、夕方からだと聞いてあきらめて。

にゃんこのクッキーを買いにcartaさんへ行ったら、今日は売り切れてしまっていた。

ひめくりさんに、にゃんこのブローチを作るワークショップに行ったら、日程を1日間違えていて明日、日曜日開催だった。

こうやって書くと、なんて運の悪い日だったんだろう、と思うかもしれない。

でもいい日だった。次の日が楽しみになる土曜日だった。

川沿いを歩きながら「ひめくりさん、屋根ににっこりマークついてるね!」と娘に言われてみてみると、うん、たしかに。

今日もLITERSにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。

歩けば歩くほど、小さい嬉しいがみつかる。

#21 菜園1丁目3-10

市内の用事の帰りに菜園のHolzへ。

次のDNFの原稿のことや、いわて盛岡シティマラソンのことを話したり。

昨年のentwineのとき、悩みすぎて買えなかったこちらを購入。7層に木が重なっているのだそう。確かに横からみるとバームクーヘンみたいだ。

わたしは左手に腕時計とシルバーのブレスレットをしていた。このシルバーのブレスレットは、カリフォルニアに住んでいる女性の職人さんが作ったもので、その女性には我が家と同じ年齢の二人の子どもがいた。Twitterを通じて出会ったんだったな、そういえば。育児の話題から知り合い、アクセサリーを作っていることを知った。

何かの節目のときにはこの人のアクセサリーを買おう、とぼんやり思っていて、お金がいっぱいあったわけではないのに、前の会社を退職すると決めたときに、えいっとオーダーした。誕生石のオパールが一粒だけ入った、シンプルで細いブレスレット。

左腕に時計とアクセサリー3つというのもバランスが悪いような気がする。こっちを右に、あっちを左につけ替えながら、ふと、「時計を右腕にしてみようかな」と思った。

なんとなく、「こうでなくちゃ」という枠を、自分でガタガタと揺らしたかった。

左腕に二本になったブレスレットは、竹の節みたいだ。

自分にアクセサリーを買うのは、自分の手で節目を作りたいからかもしれない。

ホルツから出たときにみた三日月も、買ったばかりのウッドブレスに重なってみえた。

家に帰ったら、息子が私に増えたアクセサリーに気づいたので、

「7枚の木の板を重ねてね…」ざっくりと平山さんから聞いた話を伝えながら、腕から外して手渡す。

「へー…虹みたいだね!」

そんな風に言われたら嬉しくて毎日つけちゃう。いや、言われなくてもつけるんだけど!

そして、プーチン大統領と木村拓哉も腕時計は右腕にしているそうで、思わぬ共通点ができました。

今日もLITERSへ来てくれて嬉しいです。ありがとうございます。

いろんなものを受け取った時間ほど、言葉にするのがむずかしいってわかった。