#仙北町駅

たちどまっていたくないな、いまは。と思いました。

久しぶりの赤ちゃんの撮影は賑やかに、健やかに終わって、電車に揺られて仙北町駅まで。撮影のあれこれが入った大きなカバンとカメラが入ったバッグと、「おみやげに」といただいた、大きな紙袋を持ってホームに降りたとき、嬉しいメールが入った。

自分でいいのかな、私じゃない人のほうがうまくできるんじゃないかな、そんな気持ちがふっとよぎったけど、いや、やりたいんだ、わたしは。怖がらずにやろう。そう思って「ありがとうございます、ご一緒できて嬉しいです」と短くメールを返した。

重い荷物を斜めにかけたり、手に持ったり、夏休み明けの小学生みたいになりながらひとり、家までの道を歩く。歩いて、走ってしている途中にいいアイデアが浮かぶといったのは誰だったか。作家だっただろうか。スティーブジョブズだったような気もする。

つい立ち止まって考えて、次の一手を出せなくなる。それはそろそろ卒業したいなあ。

「背伸びせず かかとをしっかりつけて いきましょう」かかと、ね。ずっと背伸びしているような気でいて、しっかりかかとを、とおもったら目の奥がじんとした。

きょうはLITERSへお越しいただきありがとうございます。

すぐに結果が出なくてもいいから。時間がかかってもいいから。それでもつづけていきたいのですよね。明日は田植えに行きます。たのしみ。立ち止まらず、ゆきましょうね。

#51 中ノ橋通1丁目2-20

昨日の「盛岡という星で クリエイターズトーク」、準備に自転車で行き、帰りはタクシーで帰ってきた。

駐輪場に置きっ放しの自転車のことを、今日、鉄腕DASHがはじまる少し前の時間になってやっと思い出した。もう夕ご飯もおわってさ、部屋着で。あとはお風呂にゆっくり浸かろうーなんて思いながらクッションと一体化していたところだったので、立ち上がる決意をするまでに15分くらいかかった。

葛藤の結果、財布とiphoneと、家の鍵だけをサコッシュに入れて、なんとか群青色に変わっていく外へ出た。少し歩くと岩手県交通のバスが、まるで私が呼んだみたいにぴったりの時間に現れて、重たかった体はちょっと元気を取り戻した。

バスは混んでいたが静かで、後ろの20代の女の子二人が、夕食を中華料理屋とハンバーグ店で迷っている声だけが車内に浮かぶ。窓際の一人がけの席に、腰掛けてひと息。

外を眺めながら、昨日のことを思い出していた。人前でこんなふうにお話する機会を今年に入ってから3回ほどいただいた。毎回「ヒャー、ドキドキ」とはおもうんだけれど、少しずつ無駄な緊張は減ってきたような気もする。少しずつ慣れてきたのもあると思うし、保育園で「せんせい」と呼ばれて前に立つようになったおかげかもしれない。あ、毎回一緒にお話する側の方々が私の話したいことを熟知してくれているので、安心できるというのも大きい。

座った位置からは、聴いてくれている人たちの顔が最後列までしっかりと見えたなあ。うんうんと頷いてくれたり、笑ってくれたり、メモをとってくれたり。嬉しかった。


漫画家の森優ちゃんと、フルーツパフェみたいな模様がある!と、盛り上がった赤レンガ館の2階の壁。背の高いガラスの器に、さくらんぼ。に見えませんか…?(フォトグラファーのよしけんくんにも話たけれど、同意は得られなかった。)

クリエイターズトークのことはまたゆっくりと書きたいと思います。これからも、ハレよりケ、派手でなくても、いつもそばにあるもの。やさしさと余白を大事に「盛岡という星」での日々をお伝えしたいですね。


今日は満月。さっき外を眺めたら雲の間から8等分のケーキくらいの月が顔を覗かせてくれました。

今日もLITERSにお立ち寄りいただきありがとうございます。

窓を少し開けて夜風を入れて。さあ、明日からまた月曜日。

#50

悲しいニュースが続く。

保育士としての自分。母としての自分。どちら側も、ただただ、かなしい。

今日だって園児たちと一緒に公園までの道をおもいきり遠回りして、チューリップをみながら「さいた、さいた」からはじまるチューリップの歌を歌い、名前のわからない美しい花を見ながら「お花がわらった」の歌を口ずさみ、シャボン玉をして、かけっこをして。

ここでわたしが必要以上にしょげて、悲しんでいても仕方ないのだけど。今夜はとてもじゃないけど、とてもじゃないけれど。もう。

小さな自分がいまできることを、しっかりやろう。


「無人島にひとつだけ持っていくとしたら?」

子どもたちが眠る少し前、毛布の下でそんな話を。

息子は悩んで「食料…いや、避難するのに使うなにか…いや…」

娘は、ニコッと笑って、

「ココア!」

ココア…ここあ?わかるような、わからないような。


さあて、もう一仕事。

今日もLITERSに寄って頂き、うれしいです。ありがとうございます。

もう12時すぎていますよ、たいへん。

早く寝ましょ。ねむりましょ。

#49 盛岡市内

長かったような、終わってしまえばそうでもなかったような10日間のおやすみも、いよいよ最後の夜ですね。

我が家では息子が10歳の誕生日を迎えました。プレゼントのリクエストを聞くと「おかあさんが、僕に今、あげたいとおもうもの」という、なんだか哲学的な返事…。少し悩みましたが、一番はじめにあたまに浮かんだものを贈りました。

それがこちら。

懐かしのチェキ。真四角な写真が撮れるタイプです。息子は早いうちからカメラはお下がりを使っているのですが、パソコンの現像が必須だと、どうしても撮りっぱなしになってしまっていて。

「盛岡という星で」のイベントの時に、カメラマンの吉田くんが真四角チェキを使っており、親子で少し触らせてもらったのが決め手になりました。

この機種は、半分デジカメで、撮ってから写真を選んでプリントできます。

夜にみんなで写真をセレクト。コメントを書き入れてみたり。(娘は日付の後に「コメ」と縦書きでいれていて、なんだか妙に手馴れてて笑いました)

「好きだなあと思った写真、LITERSに載せてもいい?」と息子に聞き、OKがでたので何枚か。

北上川から見える岩手山。この景色はときどき撮っている。きっとお気に入りの絵なのだとおもう。よくスキップをしている道。

こちらはござ九さんのお庭からみえる景色。「夜に来たら綺麗だろうねー」などと話しながらシャッターをきっていました。

娘はござ九さんを「ござまるさん」と覚えているようです。(2年生、しっかり!!)


2歳のときに写真を撮りはじめた息子。私のことを見上げる写真や、窓の雨粒、車。ずいぶん低い視線から見える、小さな目に映る景色を切り取っていたあのころから、気づけばもう8年。背も伸びて、カメラを構える姿も慣れたもの。

カメラの前では、年齢も関係なく平等で。わたしは彼の写真をみながら、息子という立場でまだ小さな体であっても、一つの意思を持ち、違う感性を持っている一人の人間なんだ、ということを思い出したりします。

よーくみる、好きなところを探す、自分で判断して切り取る、誰かの価値観を知る、自分の価値観を知る。そういう芽を子どもの中に育てるには「カメラ」がぴったりなんじゃないかな。

盛岡という街が、10歳にはどう写るのかな。散歩がまた、楽しみになりました。


今日もLITERSにお立ち寄り、ありがとうございます。

学校や会社へ行くみなさま。たぶんみんな明日はぽーっとしてるから。安心して、ぽーっと行きましょう。

サービス業のみなさま、ほんとうにおつかれさまでした。たくさん甘やかしちゃうといいと思いますよ。

#48 盛岡市内丸4-8

さむいさむい。窓曇る、県交通のバス

Twitterの中の140文字から得た情報や、誰かがInstagramにアップしていた写真。「美味しそうだな」「行ってみたい」プラスのイメージを受けることもあるし、画面の向こうの人がこっぴどく書いた感想をみて「うわーないわ」「ここはやめとこ」、と、ジャッジをインストールしてしまったり。

信じる、信じないは別にしても、私たちは本当に多くの「誰かの選択」のそばにいる。

なんだかまどろっこしい書き出しになってしまったけど、今日は初めて「白乾児(パイカル)」という桜山にあるお店に行ったのです。

夕方、美容院で3人で髪を切っていたとき。娘の担当美容師さんのなっちゃんが「そういえばこないだパイカル行ったんですよー」と鏡ごしに話してくれた。

老舗のじゃじゃ麺屋さん「白龍(パイロン)」のすぐ近くにあって、餃子が美味しかったんだよ、って、髪の毛にカラー剤をぬりながら。

パイカル…行ったことない。…近くには行ったことあるのにな、なんでだろう。もしかしたら、誰かのプライベートな感想をインストールしていたのかもしれない。

今日食べに行ってみようかな、と思って、鏡の前に並べられた雑誌をみたら「餃子の本」がでーんと鎮座していて。タイムリーすぎてなっちゃんと笑った。


18時をすぎた盛岡は、上着を着ないで出てきた私には少し肌寒かった。子どもたちはジャージでスキップしていた。岩手公園(やっぱり、こっちの名前がしっくりくる)の桜を右目で愛で、梅月堂の桜餅の話をしながら桜山まで。

なんども通っていたはずなのに、目に入っていなかった不思議。

ガラスの引き戸が暖簾の下に並んでいて、どこから入ろうか少し迷いました。中にはカウンター席が12席ほど。壁のメニューを見ながら、餃子、水餃子、ワンタン麺、じゃじゃ麺を選びオーダー。

順番に食べていたら、同じ年くらいの髪サラサラな女性が一人で入ってきて、60個の持ち帰り用餃子を手に帰っていった。「焼き方は、もう大丈夫?」店主にそう聞かれて「はい、もう慣れました、いつも60個ずつ買ってますから」と照れ笑い。

冷凍の餃子はそのままスープにいれて水餃子にしてもいいし、焼き餃子にも、どちらにもできるらしい。「餃子が完売してるかもしれないから、GW中は電話してから来た方がいいかも」だそうだ。


テーブルの端には若い女の子が二人。帰る頃にはスーツをビシッと来た男性が。


こどもがもうすこし小さい頃、「なぜ、ものは大切にしないといけないの?」ときかれて、んーーー…とちょっと悩みながら「自分に興味がない物でも、それは誰かの大事な物かもしれないから」みたいなことを絞りだして伝えたことがあった。

わたしが初めて来たパイカルも、常連さんにとってはもう馴染みの店で、大切な場所。

今子どもに同じ質問をされたら、「それがいつか自分にとっても、大事な物だって思えるかもしれないから」と付け加えよう。そうしよう。


「餃子、今日持って帰ります?」と聞かれて「ううん、近くだから、またすぐに来ます」とお返事して、帰路へ。

あれもおいしかったね、これもおいしかったね、と店を出た後も美味しい時間は続きます。次は焼きそばを食べてみたいし、バーベキューのときにパイカルの持ち帰り餃子を買っていって、喝采を浴びたい。


今日もLITERS、読んでいただき嬉しいです。ありがとうございます。

仕事の方も、お家で過ごす方も。ゴールデンウィーク、まだまだ入り口。

#47 盛岡市内丸12-2

土曜日、日曜日は「盛岡という星で」のビジュアルブックを配布に、盛岡市役所へ。

事前にお申し込みいただいた学生さんと、盛岡にお引越しをしてきた方々に一冊ずつ手渡しで。


Instagramのフォロワーや、いいね!の数や、そういう指標でアカウントのパワーというか影響力は測られがち。そういう考え方も正しいし、ある意味では公平なんだろう。

でもやっぱり、顔がちゃんと見える、声が聞こえる、一対一の時間がわたしはすきだなあ。

偉い人、とか、有名な雑誌に載る、とか、そういうものには興味があまり湧かない。「なんでなの?」って友人に言われるまで、理由を考えたこともなかったんだけど、元からの心のクセ、というよりは後天的な理由な気がして、「接客業をしていた時間が長かったからじゃないかな」、と答えた。

むかし働いていた舞浜のホテルで、「スイートルームにご宿泊のお客様には、古くからの友人のようなリラックスした気持ちで。リーズナブルな客室にご宿泊のお客様にはスイートルームをご案内するような気持ちで」と言われたことがあった。

なにより、一緒に過ごす人に、緊張して欲しくない。仮にその人が著名な人だとしても、その肩書きの内側にある、素の自分で話をして、のんびりと時間を過ごして欲しい。それには「尊敬しています」とか、「ずっとファンなんです」とか、「あの記事、読みました」とか、言ってしまうとヨソ行きな自分を発動させてしまう気がして。

あと、フラットでなくなるようで。わがままだなあと自分でも思うけれど、尊敬している人とも、憧れている人とも、小さな子どもとも。向かい合う姿勢、声、態度はブレずにいたいなあとおもうのです。(たまに怒られたりもしますが笑)

盛岡という星で、のビジュアルブックを「どうぞ」とお渡ししながら、そんなことを考えたり、岩手公園まで散歩して薄焼きを食べたり、中津川に反射する光のスタートを探したり、みんなでスプラトゥーン2をしたり。よい週末でした。

オオイチョウさん。遠くから見ると少し黄色味がかってみえました。あれ??イチョウ?

近くに行くと、なるほど。小さな黄緑が芽吹いていました。

秋のはじめ、てっぺんだけ色が変わったちょっとひょうきんな姿もすごく好きなのですが。

この淡くてほわーーんとした黄色も、夢みたいにいい色でした。

「中津川のイチョウは二度色づくんだね(キリッ)」と、笑いながら、東家さんのカツ丼でお腹いっぱいの春の日でした。


今日もLITERSへ来ていただき、ありがとうございます。あの仕事とこの仕事と、生活と遊び、こどもたちとのんびり過ごす時間も。…まだペースが掴めない4月です。掃除と洗濯を怠ると全部がガタガタになることはわかった。