San Francisco Diary #1

約9時間のフライトを終え、サンフランシスコ国際空港に到着したのは朝の9時半。

寝ぼけ眼でイミグレーションを通過し空港からBARTという電車に乗って市内中心地に向かう。

長い夢の続きのようなしゃんとしない頭を少し整理しようとBARTに揺られ、見慣れない名前の駅を眼で追いながら窓の向うから見える世界を認識する。

ようやくここはアメリカで、ぼくはアメリカに来たのだということを実感してきた。

サンフランシスコの朝。もう街は動き出している。すべての世界の街がそうであるように、気持ちの良い朝をはじめるにはまず一杯のコーヒーを手にいれることだ。

16th St ミッション駅に着くとまずはコーヒーショップを目指して歩き出した。ぼくが歩いているミッション地区は様々な異文化がミルフィーユのように重なり合う猥雑で賑やかなエリア。

そんな場所をリモワのスーツケースをガラガラと引きずりながら歩き回るのは得策とは言えない。

第一にすぐに旅行者だとわかり、何か面倒なことに巻き込まれかねない。

第二にあちこちを歩き回るには荷物がかさばり邪魔になる。

そこでいわゆる日本でいうコインロッカーを探しに駅に戻るが駅員に聞いても意味がわからないという顔をされるし、それらしきものは駅構内には見当たらない。

諦めて駅を出て駅の近隣を探しているとちょうど床屋のシャターを開けようとしているおばさんが目に入った。

褐色の肌。金色に染めた髪。ぼくがにっこり笑って話しかけても無表情のままだ。言葉のアクセントから推測するにおそらくプエルトリコ人だろう。

このおばさんに聞いてみようと意を決して”このあたりにコインロッカーはないか”と尋ねてみると、おばさんは怪訝そうな顔で”そんなものはない”とピシャリ。

“あなたは何をしたいのか”と逆に質問されたから”この荷物をどこかに預けたいのだけれど”と答えると顔の前で手を三度振り、そそくさと店のなかに入ってしまった。

やれやれと思いながら、近隣の店の何人かに尋ねてみるがみな一様にそんなものはないと返されてしまう。

諦めて通りを引き返し、メインストリートに向かってとぼとぼと歩いていると眼前に見覚えのある顔が。

さきほどのプエルトリコ人のおばさんだった。早口で”仕方がないからあなたの荷物、預かってあげるわ”と言ってくれていることを三回聞き直してようやく理解した。

だがこんな見知らぬ土地で突然ひとの温かさに触れ、急に警戒心が芽生えてくる。

“このまま荷物を預けてしまったら帰ってこないのではないか?”ぼくはおばさんの申し出を丁重に断わって通りに向かって歩き出した。振り返るとおばさんが哀しげな目でぼくの後ろ姿を見守っていた。

そういえば作家のリチャード・ブローティガンはサンフランシスコを舞台に市井の人々の間で交わされる”Tenderness”(やさしさ)を一貫して描き続けていたことを思い出す。

プエルトリコ人のおばさんがぼくに与えてくれた”やさしさ”はサンフランシスコの空に浮いたまま、あたりを漂っている。誰かが誰かを思いやる気持ちに損得勘定などないし、とてもありふれた自然なことなのに。ぼくはなんて愚かなのだろう。

そんなことを考えながらゲレロ通りへゆっくりと歩き出した。

RECOMMEND