両手の平で包んだカップをゆっくりと鼻に近づける。
口もとから液体を流し込む前に、唇で止め、カップを顔の方にゆっくりと傾け、一息吐き、熱く満ちるその気体を思い切り吸い込む。
鼻の奥から喉元へ、白く茶色いその香りだけが抜けていき、それが一口目の前の一口目。
先にスプーンを入れ、くるくると回して。小さな銀色の器に入った、やわらかな白いミルクをそおっとカップの渦のまんなかへ流し込む。流したまんなかから、ふっくらと広がる白い曲線。
ザクザクとした淡い茶色の、小さなビーズのように光るお砂糖。
それをカップにいれる、砂糖が消える瞬間の儚い音。
無色透明なはずの水には、茶色く香ばしい焙煎の香りがとけだしていて。
ふわり、苦く甘く。
天井、三枚羽がゆるやかに回る、回る。
食器はカチカチと静かに。
お店の奥ではコーヒーを選別する女性の手元からはツッ、ツッ。
向かいのテーブルには丸メガネの女性。背筋をすっと伸ばし、赤い口紅がよく似合う。彼女がめくる、雑誌のハラハラという音もまた美しく重なり。
そして談笑するお客様と店主の、声。重なりが広がり、静かにつづく。
窓際の席。
背中に聞こえた車の音につられ振り返ると、五線譜の電線には白い雲の音符。
かぷかぷとかわいらしく、浮かび漂う。