
「やーちょっと、がんばりすぎてたかも」
少し痩せました? 休めていますか? と心配そうな顔で聞いてくれた店主に思わず、私が、わたしの口を借りて、すらすらと喋った。
自分の口から出た言葉に、自分で驚く。スケジュールを詰めすぎた自覚もなかった。
2月、3月は、確かにここ数年で一番忙しかったかもしれない。睡眠時間もちょっと足りていなかったな、と他人事のように振り返る。
今日ここにきていなかったら、ピンと張った糸は思いもよらないどこかでプチリと切れていたかもしれない。
自分の口から出た弱音に、ほっとする。
注文したのは、「かもがや」のホットチョコレート。ラム酒を入れるのがお気に入りだ。それとケーキ。今日は木苺とチョコレートのケーキ。
「どちらも濃厚な組み合わせですが、よろしいですか?」
うん、いいんです。濃厚と濃厚の掛け算くらいのチョコレート成分が今は欲しいんです。
そんなことをお話して、待っているあいだに、と、手帳をテーブルに開いた。
とりとめなく手帳に今の気持ちを書いていく。ときどきやる、私なりのデトックス法。頭から指の先、そして、そのまた先にある万年筆の銀色の先へ。最初はちょろちょろ、だんだん、ざーざー。
自分の頭の中、心の中が流れ出ていく。
あーどうやらとても疲れていたみたい。
ラムの香りのホットチョコレートはカップを傾けると、銀色のオーロラみたいな小さな粒がさらさらと行ったり来たり。仕事がひと段落したら、星を見に出かけたい。
木苺のケーキを、頬張る。
外側は軽くて、甘さは控えめ。フォークの先を軽く当てただけで「サクッ」と音を立てる。人がにっこり笑う瞬間に、もしも音があったら。この「サクッ」という音で笑う人は相当モテると思う。
中身は甘い、少し酸っぱくさっぱりとした木苺。あたたかい。
ホットチョコレートと、ケーキを交互に。
羅針盤に来る前までガッチガチだったわたしの外側も少しは柔らかくなったようだ。他のお客さんも帰り、一人になった店内をぐるりと見回す。オレンジの炎、ストーブの香り。音楽。
力が入っていた肩がゆるむ。
小さな窓から、店主にお礼を告げ、少しお話をした。「がんばりましょう、おたがいに」かけられた言葉の、ちょうどいい重さ、心地いい。
扉をあけると、私の体をスパイスの香りがぐるりと取り囲む。もう少しチョコレートの香りを覚えていたくて、スパイスを振り払うように目の前に止まっていたタクシーに乗りました。
今日もLITERSでお会いできて嬉しいです。ありがとうございます。
はじめてが詰まったお仕事が無事終わりました。鏡をみたら自分が小さくて黄色いひよこに見えるんじゃないか、と思うことがあります。ひとつずつ、ですね。